「へえ-、それじゃあ従兄の悠介って人には断ったわけ? なんかもったいない感じ。」
「どうしてそう思うの?」
「だって、彼は美波のことが好きで告白したんでしょ?だったらチョットは付き合ってあげてもよかったのに、って事よ。」
「そうじゃなく、何で私が断ったことになるかってことよ。はっきりと断ったわけではないわ。」
「だって美波がそう言ったじゃないの。好きは好きでもお兄さんみたいな感じ、とか、付き合うのはピンとこない、とか。それって告白を断る際の定番じゃないの。知らなかった訳じゃあないでしょ?」
「あの時は動揺してて、どう返事していいか分からなかったから、とりあえずそう返事をしたんだけど…。つまり今ははっきり返事できないけど、もう少し時間が欲しい、という意味で言ったのよ。」
「それなら少し時間をください、とか、別に言いようがあったんじゃないの? 彼はきっと、もう美波ちゃんには振られてしまった、美波ちゃんに会えないなんて僕の人生はもう終わりだ、って考えちゃってるわよ、きっと。」
祐子は悠介のその時の深刻そうな顔を想像して、おどけて見せた。
美波は考え込んでしまった。
時間をください、と返事すればいつかはちゃんとした結論を出さねばならないし、何か必要以上に相手に期待を持たせはしないかと、心配だったのだ。
あの時は、やっぱり来たか、と思っていたので予想以上に落ち着いていられたが、自分の気持ちもよく分からないのに、ちゃんとした返事が出来る訳は無いのだ。
やっぱり私は断ったのだろうか? 彼はそう受け止めたのだろうか? 自分でもよく分からない。無意識のうちにため息がもれてしまいそうになり、慌てて窓の外の通りに目を移した。
きょうは土曜日の昼下がり。高校の同級生で遊び仲間のひとりでもある祐子と、渋谷で買い物をした帰りにメトロでお茶の水で降りて、見つけたコーヒ-チェ―ン店でカフェラテを飲んでいるところだ。
祐子は、小柄でちょっとぽっちゃりした顔立ちが愛らしいしっかり者の性格で、私には頼りになる一番の親友だ。唯一の欠点はちょっと好奇心が強すぎることだろうか。
カフェラテを飲みながら、祐子が上目遣いに例のことを蒸し返してきた。
「向井さんのことなんだけど、あれからまたなんかあった?」
「あれから?…別に何にもないわよ。あれっきりよ。」
「ふーん、もしそうなら惜しいわね。従兄とは比べ物にならないくらい。」
「どうして?」
美波は答えが分かっているのに尋ねてみた。
「だって向井不動産グル-プの御曹司じゃないの。彼に気に入られたんだったら、美波の人生は決まったも同然よ。それこそ玉の輿、バラ色の人生じゃないの。羨ましいなぁ。」
向井さんか…。美波は彼の女性にもてそうな端正な顔を思い出して、無意識のうちに吐息を漏らした。
正直あの人はちょっと苦手だなぁ。いい人かもしれないけど、少しだけど無神経というか、ほんのちょっとだけど傲慢というか、我がままというか。まあそれもお坊ちゃんとして育てられたから無理ないんだろうけど…。第一、住む世界が違いすぎるわ。
祐子には何もないと言ったが、実は大学の学園祭で会ってから時々メッセ-ジを受け取っているのだ。会いたいとか言ってきたけど、いつも丁寧にはぐらかしてきたが、いつも同じ手では断り切れないかもしれない。次に誘いが来たらどうしよう?
美波が悩んでいることを見て取ったのか、祐子は慰めるように、でも強い口調で言った。
「美波が嫌なら、はっきり断ってやればいいんだよ。あのての坊ちゃんには、優柔不断はダメだよ。それこそまだ脈がある、って自分勝手に思うらしいから。」
美波は黙って頷くしかなかった。
悠介の告白にはっきり返事をしなかったからには、彼にこの件の相談に乗ってくれ、などと言える訳が無い。
ただ、そうできないのが判ってはいるのだけど、出来ないのが残念でならなかった。彼なら、こうしたほうが良いよ、と言ってくれるかもしれないから。
少なくとも相談には乗ってくれるだろう。
美波には悠介以外に相談できる、何より信頼できる男性はいなかったのだ。
《つづく》
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