美波の風邪はなかなか治らなかった。
もう3日も寝たままだ。熱があるから起きるのも億劫だし、食欲もほとんどない。熱が39度を超えることも度々で、喉も痛い。きっとそのうち咳も出てくるに違いない。
ちょっと怖かったのだが、あれからあのような怖い夢は見ていない。
このような体が弱っている時にあんな怖い夢を見たら、本当に気絶してしまうわよ。うん、もしかして失神しちゃうのかな? まあどっちでもいいや、そんなこと。
そんなことを考えていたら、またとろとろと眠ってしまったようだ。
不意に目が覚めたら、なんとベッドの横に悠介が立膝を立てているのに気付いて卒倒しそうなくらいにびっくりした。
美波は何か言おうとしたのだけど、どういう訳か口が動かない。いや、唇がくっついて離れないのだ。これでは喋れるわけがない。
そう思っていたら、悠介の顔が自分のすぐ目の前にあるのに気付いた。美波は彼が何をしようとしているのか分かっていたので、そのまま彼がしたいように身を任せていた。
左手が美波の右頬に触れ、それが合図だったかのように彼の唇が美波のそれに押し当てられた。お互いに唇をむさぼり合いながら、二人は抱き合った。
悠介は不思議なことに一言も言葉を発していない。まるで何か口走れば、自分の姿が霧のように消えてしまうのを恐れているかのように。
その時、私は自分が服も下着も身に付けていないことに気がついた。
悠介は、美波が何も身に付けていないという事を、さも今気がついたといわんばかりに美波のそこに舌を這わせてきた……
ああっと、思わず声が漏れそうになる
その時、両肩を乱暴にゆすろうとするので、美波は「優しくしてね」と悠介にお願いした。したが……
「美波、美波、起きなさいよ! あなた大丈夫なの?」
また肩をゆすられてハッとして目が覚めると、目の前に母の顔が見えた。何だか心配そうな顔をしているようだ。
今度はハッキリ目が醒めた様だ。つばを飲み込んだらやはり喉が痛かった。風はまだ治っていないようだ。さっきはきっとうなされていたのかもしれない。
「美波、しっかりしてちょうだい。あなた先程うなされていたみたいよ。ママ、びっくりしちゃったわよ。」
「ああ、ママ。私うなされていたの?」
「そうよ。しきりに誰かの名前を読んでいたみたいだけど。」
ドキッとした。まさか…。
「さっき、悠介くんより電話あったわよ。メールかなんか送っても何の返事も返ってこないから、どうかしちゃったんですか、ってね。美波のこと凄く心配していたわよ。事情を話したら、かえって心配させちゃったみたいだけど。見舞いにきたいって言ってたけど、熱がまだあるから下がったら来てもいいわよ、って言っておいたけど。」
「うん、わかったわ。ありがとう。」出来たらもう5分遅く来てほしかったのに、と文句を言いたかったが。
その夢がまるで幕引きの合図だったかのように、熱はあっという間に下がり咳が出ることも無く、ほぼ治ったころに悠介が見舞いに来てくれた。
回復してからは悠介にメッセ-ジを送ったり電話で話したりしていたが、実際に悠介と向かい合って彼の顔を見ると、何とも言いようのない気持ちがこみ上げてくる。
悠介に何か言おうとしたら応接間のドアが開いて、母がトレイに飲み物とお菓子を持って入ってきた。
-もう、良いところだったのに…。
母は、悠介が見舞いに来てくれたことに対してしきりに礼を述べている。最後にはまた美波を何かに誘ってね、ですって!
母がドアを閉めて出ていくと、美波は悠介の顔をじっと見つめた。
悠介は静かに切り出す。
「美波ちゃんが元気になって良かったよ。一時は本気になって心配しちゃったよ。」
と笑った。その笑い顔もいいわ、と美波は思った。
美波は遠い昔を懐かしそうに思い出しながら、何かを企む悪戯っぽい目つきで彼に囁いた。
「私、好きになっちゃったかも。」
「…えっ」
その時の彼の顔と言ったら、美波が何を言ったのか理解できなかったのか、あるいは言った言葉は分かったものの、その意味を理解できなかったのか、とにかくポカンと口を半開きにしただらしない顔だったと思う。
だから、もう一度ダメを押してあげたの。
「私、悠介くんのこと、好きよ。」
これは告白なのだろうか。
美波には信じられなかった。だって「好きよ」なんて告白したのは初めてなのに、何の恥じらいも感じなかったし、胸がドキドキすることもなかったからだ。ただ嬉しいし幸せなだけだった。
-これって本当に恋なの?
美波にはまだ信じられない思いだった。
《つづく》
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