悠介はテーブルに乗っているカフェラテの模様をぼんやりと眺めていた。
-俺は一体何をやってるんだろう。変ないざこざに巻き込まれて勉強もろくにできていない。最低限のことしかできていない。
1か月ちょっとで期末試験が始まる。今のうちから着実にこなしていかなければ、試験の結果はやばいことになるかもしれない。焦りはあるのに気持ちがついて行かない、という最悪の状態だ。
今の悠介の頭の中を占めているのは、襲撃されたことももちろんだが、これからどんな厄災が自分に迫ってくるのか、考えるだけで気持ちが落ち着かない。正直に言えば怖いのである。
2回で終わるとは思えなかった。でも次はどんな手を使ってくるか? それもそうだが、いつだろう?
この頃は勉強に身が入らないばかりか、始終イライラしているように思う。
-かなり参っているのかなぁ。
すると、ちりんちりん、と鈴の音が聞こえてきた。誰か入ってきた。そう、この店はレトロな喫茶店なのだ。空いていることが多いので、キャンパス内で話せないことでもこの店ならばまず人に聞かれることはない。
「悪りい悪りい、ちょっと遅れちゃった。よいしょッと。」
入り口から遠い奥のテーブルの向かい側のシートに腰かけて、純一は訊いて来る。
「なんか陰気な顔してるね、君は! 彼女ともう別れ話になったのかい?
それとも美波ちゃんとなんか進展があったのかな? もてる男はつらいねぇ。」
「また襲われた。」
「エっ? お前が? それとも…」
「俺だよ。一昨日の土曜の夜だ。実は美里ちゃんと歩いていたら、2人組の男に襲われたんだ。俺に向かって殴り掛かってきたんだけど、彼女が合気道でぶっ飛ばしてくれたんで無事だった。」
「ふむ、強い女を持つと心強いな。で、なんで美里ちゃんといる所を襲われたんだよ?」
「良くはわからんけど、美波と間違えたんだろうと思う。」
「狙っている男がまさか二人の女と会っているなんて、思いもしなかっただろうからな。ふむ、それで襲った男たちはどうした?」
「投げられたら一目散に逃げて行った。」
「襲われたのは土曜日だよな。大学に行く日はキャンパス内でお前を見付けるのは難しいから、講義のない土曜に後をつけた…。つまりお前の自宅は見張られているという訳だ。で、俺にどうして欲しいんだ? 女と会う時に護衛を頼む、というのならお断りだぞ。」
今日の純一は何故かつっけんどんで冷たい気がする。
「うん、もちろんそんなことは頼まないさ。ただ、これからどんなことが起きるか、いや起きると決まったわけじゃあないが、2回も襲われたとなるとまた有る、と考えるべきだろう。だから…」
「あのなぁ、お前が不安に思う気持ちはよく分かる。分かるがだ、一番最初に手をつけなきゃいけないのは、誰と付き合うかだ、とは思わないか? 両てんびんにかけていることが美里ちゃんに知られてみろ、軽蔑されて振られた挙句にぶっ飛ばされるぞ、間違いなく。俺は美里ちゃんの親友の真理ちゃんと付き合っているから、どうしても美里ちゃんに味方したくなる。だから悪い事は言わない。従妹の美波ちゃんとはもっと距離をとったほうがいいぞ。」
「イヤそうなんだけど、でもちょっと、困ったことに…。」
「なんなんだよ、お前は! はっきり言えハッキリと!」
興奮して声が大きくなったので、悠介は周りを見回したが客が少ないせいか、こちらを見ている人はいないようだ。
「実は美波に告白されてキスまでされてしまって…」
向井に座っていた純一がすくっと席を立つ気配がしたので、咄嗟に危険を察して両手で顔の前をガードしていた。
しかし殴られなかったようだ。
「呆れたやつだな。いや大馬鹿野郎だよ、お前ってやつは!」
「だから美波とはそれ以来会っていないよ。当分会うのは控えようと思っている。」
「当たり前だ。そうしないと取り返しのつかないことになるぞ。それにもう美波ちゃんの護衛は必要ないかもしれないぞ。」
「うんうん、俺もそう思ってるとこだ。」
「つまり向井のターゲットはお前ひとりと思っていい。」
「・・・」
「だからお前は他人のことより、自分のことを心配したほうがいいぞ。出来る限り土日には出歩かない。帰りは夜道に注意する。お、そうだそうだ、良いことを思いついたぞ! あれを身に着けたほうがいいかもな。分かるか、女性が夜道を歩く時のアレだよ…。」
「アレ?」
「そう、痴漢撃退用の防犯ブザ-だよ! あれを身に付けていれば暴漢恐るるに足らずだ。」
物音ひとつしない静かな夜道に、けたたましいブザ-の音が響き渡る光景を思い描いて、思わず身震いがしてきた。
-なんか女性になったような気分だな。
《つづく》
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