4月中旬とはいえ、日曜日の午後の気温は25度にも達して日差しは強かった。
その時、美里は店先の乾ききった歩道に水を撒いていたのだが、少し前に店を出て行った中年の男の客に腹を立てていたので、店の前を右から近づいてくる自転車に全く注意していなかった。
「全く頭に来ちゃう。私の体をじろじろ見て、可愛いね、ですって。本当に嫌らしいオジンだわ。ぶるるるッ、虫唾が走るはわ、気持ち悪い!!」
そういって思わず水の入った柄杓を乱暴に振ってしまったら、柄杓から放たれた水しぶきをかわそうして、真横からスピ-ドを出して通り過ぎようとしていた自転車と衝突しそうになってしまった。
何とか自転車をかわしてホッとした途端、何かが腰からお尻に触ったような感触があり、思わず持っていた柄杓を放り投げていた。
「きゃ-ッ」
と叫ぶと同時に、お尻に触れた何物かを、左手でガシッと掴むとその「男」に向き直り、その場に凍りついた様に突っ立っている若い男の左頬を空いている右手で思い切り引っ叩いた。パチ—ン、と大きな乾いた音が響き渡った。
「なによ! 嫌らしい! あなた、私の下半身に触ったわね。痴漢罪で逮捕します!」
気付いたらそう大声で叫んでいた。
その音と声を聞いて、歩道を歩いていた誰もが振り向いて自分を、そしてその男を見つめていた。
美里は男を睨みつけながら素早く男を観察した。
一見して学生風のその男は、引っ叩かれた左頬を手で押さえながら、何か言おうと口をパクパクさせているものの、動転しているからか、その声が小さすぎたのか美里には何も聞こえなかった。
私も驚いたけど、この男もこんなに激しく反撃されるとは想定外だったのかもしれない。
するとそこに、私の大声を聞いて店から飛び出してきた母が、どうしたの、と訊いてきた。
「お母さん、聞いてよ!この男が私の腰やお尻を触ったのよ。痴漢に違いないわ!」
これを聞いた学生風の若い男は、顔の前で両手を激しく左右に振りながら
「違います!僕はそんなことはしていません!」
と訴えるように叫ぶと
「この女性が自転車をよけようとして体のバランスを崩したので、思わず両手が出てしまったんです…。変な気持ちなんてありません!誤解を招いたのであれば謝ります。すいませんでした。」
その若い男は一気に言うや否や、逃げ出すようにスタスタ早足でメトロの入り口方向に行ってしまった。その姿は、この忌々しい場所から一刻も早く離れて安全な場所に逃げ込もうとする、か弱い生き物のように見えた。
-鹿かしら
と、どうでもいいことを考えていた自分に気づき、思わず肩をすくめた。。
母は去っていく男の後姿を目で追いながら、私を振り向いて
「なにがあったか知らないけど、叫んで気が晴れたでしょう? 歩道の水撒きはもういいから、店の中を手伝ってちょうだい。」
「はあ-い。」
いつもながら人使いの荒い母親だわ、と独り言を言いながら中へ入っていった。
《つづく》
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