恋愛小説 ハッピ-エンドばかりじゃないけれど

大人になったばかりの男女大学生たちの、真剣だけれどドジな行ったり来たりを繰り返す、恋と友情の物語

恋する女の顔―美里の熱い想い― 第32話

5月も20日を過ぎると天気は曇りや雨の日が多くなる。

梅雨の走りというらしいが、蒸し暑くじめじめしてまるで梅雨みたいな気候だ。

これからの季節に花屋に入荷する花の代表格と言えば、やはり紫陽花だろう。雨に打たれて庭に咲いている紫陽花には落ち着いた味わいがある。

     

 

もし切り花にするときは注意が必要だ。茎を切って茎の間にある綿みたいな繊維を取り除いてやることが長持ちする秘訣なのだ。

でも、今の季節は紫陽花だけが花ではない。

 

そんなことを思っていたら、お客さんが来たようだ。

店番を手伝っている美里が、顔を上げて笑顔でその客を迎えた時、思わず他の客に対するのとは違う、ちょっと馴れ馴れしい言葉が出てしまった。

「あら、あの時の方ですね。いらっしゃいませ。今日もお見舞いに行かれるんですか?」

まるで、待ち焦がれた人がやっと現れた時のような、懐かしさや嬉しさ、安ど感が入り混じった複雑な気持ちだった。

「覚えていてくれたんですか。嬉しいなぁ。そうなんです、今日も母を見舞いに行きますので、今の季節に合う花を選んでいただけますか?」

「もちろんですわ。ええと、お母様は…。」

覚えていますよ、お母様は華やかで気のお強い方だとか。それならばこれがお似合いかもしれない。

 

「この白い花は如何でしょうか? 『カラ―』という名の花ですが、とても個性の強い花なので、この花だけまとめて花瓶に生けられては如何でしょうか?」

 

「この花だけですか? ちょっと寂しすぎませんか?」

「いえ、この花は主張が強いので、他の花とはあまり相性は良くありません。他の花が色あせて見えてしまうようです。でもこの白い花だけでは、という方には何かグリ-ンものを合わせることがいいかと思います。」

「分かりました。ではこの花を適当な本数選んでいただいてください。母は気の強い人ですから、気に入るんじゃないかと思います。」

そう言ってから、そうそうと付け足すように

「この前に選んでいただいた花束ですが、母が大層気にいりまして、『いったい誰が選んだの?』って大喜びでした。」

「そうですか。気に入って戴けて私も嬉しいです。」

心の中で「やったわ!」と叫んでいた!が表情には出さない。

 

注文の花束をその男に渡しながら、美里はちょっと迷ったが、思い切って尋ねてみることにした。この人の顔からそれ程重苦しい雰囲気を感じられなかったからだが…。

「あのう、不躾なことをお聞きしますが… お母様のご容体は如何なのでしょうか?」

言ってしまってから、やはり尋ねるべきではなかったと首を縮めてしまった美里であったが、

「ああ、もう直ぐ退院できそうです。なのでこちらで花を選んでいただくのもこれが最後かもしれません、残念ですが。」

え、そうなんですか、と言おうと思ったが言葉に出ることはなかった。

 

-じゃあ、この人とはもう2度と会うことは出来ないのかぁ。だって、『あなた』がここに来てくれなかったら、私はあなたに会うことすらできないんだから…。

 

美里はそう声に出して訴えたかったくらいだ。

無意識のうちに落胆の表情が顔に出たのか、その人はそれを素早く見て取ったかのように、

「ここは時々通りかかるので、その時はあなたの顔を見に寄らせてもらってもいいでしょうか? あなたがご迷惑でなければですが。」

この予想外の彼の言葉に美里は、自分の顔がぱっと華やぐのが分かった。小躍りせんばかりの喜びを胸に隠して。

当然ながら、美里に断る理由などないに決まっている。

「どうぞ。お気軽にお寄りになってください。」

その声は嬉しさのせいか、チョッと上ずってしまったようだ。

-落ち着いて。

と自分に言い聞かせる。

 

「では、失礼します。」

美里は店を出ていくその男を名残惜しそうに見送ったが、その去っていく姿には寸分の隙も無かった。

姿だけではなく、顔の造形も声も仕草も完璧と言っていいほどのいい男である。

 

-王子様みたい。女ってこう言う人に憧れちゃうのかなぁ

 

そう、憧れの人は王子様だわ、自分とは住む世界が違うのよ、と自分の思いをぎゅっと押さえつけようとしたその時、美波はハタ、と気がついた。

たしか彼はこう言ったのよ。「あなたの顔を見に」来ると。

 

思い出したこの言葉に、美里の胸はじんじんと熱く燃え上がり、顔が火照るのを感じていた。

 

-こんな感じになったのは初めて…。

 

美里のそれは、誰が見ても恋する、いや、恋焦がれる女の顔そのものであった。

 

《つづく》

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