「兄貴よう、何か話が全く違うじゃあないか? なん何だよ、あの女! あっという間にぶっ飛ばされちまいやがった! まるで柔道かなんかやってるみたいじゃないか!そんな話聞いてねえぞ!」
「ふ~ん、合気道か何かだろう。しかし小娘にしてやられるとはな、だらしのない話だが。」
「感心しててどうすんだよ! 小娘にやられたなんてみっともなくて、俺のプライドはズタズタだぜ。それによう、これじゃあ残りの金はもらえないじゃあないか!」
前金しかもらっていないのだ。残りは成功してから受け取ることになっている。
「あの子娘にはいずれお礼はしてやるとしてだ、この件をどう報告するかだな、厄介なのは。」
その兄貴と呼ばれている男は、依頼人の端正なマスクに隠された酷薄な裏の顔と、執着心が強く情け容赦のない性格を思い浮かべて、浮かない顔になった。
-言い方次第では、こちらの身が危ないかもしれんな。
悠介は予定通り美里を家の近くまで送り、いまメトロを降りて自宅に向かって帰るところだ。バスに乗っても遠回りなので、時間によっては歩いた方が早いことがある。
その夜は歩いて帰ることにした。先程メトロの中で考えていたことを、じっくり考えたかったからだ。
どう考えても今夜襲われたのは悠介を狙ったものに違いない。そうすると襲撃者は向井にやとわれた人間という事になるが。
-いったい何が目的なんだろう? 美波から身を引け、さもないと痛い目に会うぞ、という事なのだろうか。
これで2回目だ。
向井という男は相当美波にご執心のようだ。それにかなり執念深い男でもある。ならば、これでおしまいという事は無いだろうな。これからも襲われる危険はありそうだ。
それにしても解せないのは、何で美里と一緒にいる時に襲ったんだろう?
そう考えてハッとした。
もしかしたら、彼らは悠介が美波というところを襲う積もりが、美里を美波と間違えて襲ってしまったということかも?
向井も彼らも、悠介がまさか2人の女と会っているなんて、想像できなかっただろうから。
今日は、悠介の苦手な力学のテストが終わった後の最初の週末だったので、美里と会うことにしたのだった。美波への未練はないといったらウソになるが、やはり美里との仲を犠牲にするなんて、どうしたって考えられなかった。
-やばいな。今の俺は完全に二股をかけているんじゃないか?
全くモテたことが無かった高校時代は、女子にもてたらどんなに幸せなんだろう、なんて思ったこともあったが、実際にその状態になってみると『現実と想像とは違う』というのがはっきりわかる。嬉しくも楽しくもありはしない。
今はとにかく襲われると思って自分を守ることを考えなきゃいけない。今夜は美里がいてくれて助かったよ。
そんなことを考えていたら、彼女に助けられた自分が惨めで情けない男に思えてきた。
-やっぱり護身術を習ったほうがいいかな。
でも今更習っても遅すぎるよな、そう思って大きなため息をついた後、気持ちをグッと引き締めて、夜道を用心深く歩いて行った。
美里はベッドの端に腰かけて、今日遭ったことを考えていた。
あのパンケ―キを食べた初デ-ト以来だから、2週間ぶりに会ったことになる。見たい映画も見たしイタリアンにも行ったしで、それ自体は凄く楽しかったのだけど、どうも悠介の様子は何となくぎこちない? いやよそよそしく見えた、と言った方がぴったりする。ハッキリ言えば、前回のデ-トの雰囲気の延長線上にある景色とは、違っているような気がする。
その意味するところは何なのか?
探偵もののミステリ小説にちょっと興味がある美里には、どうも気になることではある。
気になるといえば、今夜の襲撃事件だ。
何で悠介が狙われたのか。
彼は身に覚えがないといっていたが、本当にそうなのだろうか?
今日は私がいたから(⌒∇⌒)怪我せずにすんだけれど、彼がひとりの時はどうしたらいいんだろう?
そう思ったらいてもたってもいられず、悠介にメッセ-ジを送った。
『今日は有難う。もう着いた?帰りは大丈夫でしたか?返事待ってます💛』
-大丈夫とは思うけど、やっぱり気になるわ。
返事は直ぐに来た。
『今帰った。異常なし。今日は有難う。また会おうね♡』
だって! シンプル過ぎるわよ! 男ってなんで皆こんなに味気ないの?
急いでまた送った。
『よかった、安心したわ! おやすみなさい💗』
それに対する悠介から返事は、『おやすみ』だけだった。
-男ってこんなもんなんだろうな。つまんないわ。
早速、真理にメッセ-ジを書いておくった。今日のことを報告する約束になっていたからだ。
《つづく》
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