恋愛小説 ハッピ-エンドばかりじゃないけれど

大人になったばかりの男女大学生たちの、真剣だけれどドジな行ったり来たりを繰り返す、恋と友情の物語

第10話 杞憂が現実に! 満員電車内はホラ-劇場‼

 

それは杞憂には終わらなかった。

 

その日は朝から雨が降っている陰鬱な日だった。

 

悠介は最寄り駅である荻窪から新宿まで中央線の快速に乗り、ぎゅうぎゅう詰めの車内で、足場を気にしながらあっちに揺られこっちに揺られ、浮草のように身を任せていたら何だか眠気を催してきた、まさにその時だった。

突然、右手首を掴まれた。いやガッチリと固められたように、全く右腕を動かせなくなっていた。身体も金縛りになったみたいに、何故か身動き一つできない。

 

-何だぁ、これは? 何が起こったんだぁ?

 

そう思った途端、女性の鋭い大声が車内に響き渡った。

「痴漢です!痴漢で-す!」

そう聞いたと思ったら、僕の右手が、右腕が上の方に引っ張り上げられた。

「この人、痴漢です!」

 

-エッ、痴漢ってまさか…。

 

周りにいた車内の全ての人の目は、その女性の腕と僕の右腕に集まっていた。

違います、僕は痴漢ではありません!

と大声で叫んだつもりだったが…、どういう訳か声が出ない! 喉がひゅう-ひゅ-鳴るだけだ!! 僕は完全にパ二くっていた。

すると四方八方から「痴漢だ!痴漢だ!」の大合唱が始まった! しかもその声はだんだんと大きくなっていくようだ。それに交じって誰かが「警察に突き出せ」と怒鳴っている。

違います、僕じゃありません!

僕は必死にその女性に訴えたが、

振り向いた女性が

「痴漢はあなたよ」

と言ったその顔は、忘れもしないあの若い婦人警官だったのだ!!

 

僕は恐怖で顔を引きつらせてぐしゃぐしゃになって、必死に何かを叫んでいた…、いや泣いていた、哀願していたかもしれない…。

・・・

目が覚めたのだ…と気づくまでには時間がかかったようだ。

恐怖で目覚めたというよりも、心臓が喉までせり上がってきたので呼吸できなくて目覚めた、と思えるほど心臓がドクンドクンと鼓動し、胸は波打っていた。気がついたら汗びっしょり掻いていた。

心臓の鼓動が収まるのを待ってから、ナイトテ-ブルに置いたスマホで時刻を見ると4時半前だった。

 

-今までに見た夢の中で、最悪だったな。

 

その夢の(夢で本当に夢でよかった!)のリアルさを思い出し身震いした。

 

-あれはホラ-だな。いや、パニック映画と言ってもいいくらいだ!

 

夜明けまでには間があるが、これから眠りがやってくるとは思えなかったので、起き上がって下着を替えることにした。汗が冷えて気持ちが悪くなってきたからだ。

そこで、今日は月曜であることを思い出して顔をしかめざるを得なかった。

当然大学で講義があるが、問題は1時限目からあることだった。

という事は満員電車に乗らなければいけないことになる。大学に行くのに電車に乗らないで行く方法はないものか、と真剣に考え始めていた。そんなもの有る訳は無いのに…。

 

思っていた通り、その日は最悪な一日だった。

かなり早めに家を出たにもかかわらず、事故か何かで電車の中で30分も立ちん坊だったり、ランチに食べたスパゲティのソ-スをこぼしてパンツにシミを作るわ、授業で苦手の教授に当てられるわ、とにかく最悪な日だった。

辛うじて唯一良かったことと言えば、これが一番怖かったのだが、電車内で痴漢に間違えられることがなかったことだろう。

一日が終わって家に帰った時は、心底ほっとしたと同時に疲労感に襲われた。

 

-またあの夢を見ることは無いと思うが…。

 

無いとは思いたいけど、寝るのが怖くもあった。

 

-やはりあの生意気な婦人警官に、もう一度謝ったほうが良いのだろうか?

 

真面目にそう考えていた。

あの女の呪いだとしたら、早いうちに呪いを解いてもらわないとなぁ。

会うのも怖いような、でもこのまま放っておくのはもっと怖い…。

僕は結構ホラ-や呪いの類には弱いんだ、情けないけど。

 

《つづく》

 

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