どうしていいか途方に暮れていた彼であったが、目の前の惨劇にやっと名案を思い付いたかのように「アッ、そうだ」と呟くと、パンツの後ろポケットに入れていたハンカチを取り出して、女性に渡していい程度の綺麗さであることを確かめてから、美里に両手で差し出してきた。
-パンツの後ろポケットからって、何よ。
と何となく突っ込みを入れたかったけれど、美里は無言でそれを受け取り涙を拭きとった。もう泣き虫の私はどこかに行ってしまったようなので、美里はホッとした。
「ありがとう。」
「それ、良かったら持っていていいよ。僕はもう一つ持ってきたから。」
もう一つ……その言葉を聞いたらまた目が潤みそうになってきた…。
-今日の私は感傷的すぎるわ。どうしちゃったんだろう、本当に。
美里たちは自然と並んで歩きだしていた。二人とも無言だ。美里は何か言ったらまた涙ぐんでしまいそうで、何も話せなかったのだ。
駅前で自分たちを見ていた人たちは、ああ、あの二人は喧嘩したか、あるいは別れ話をしていたんだろう、と思ったかもしれない。そう思ったら笑い出したくなる程愉快なことのように思えてきた。
そんなことを考えていたら、目指すカフェのすぐ前まで来ていた。蔦の絡まった緑の外観が、周りから浮き出たように錯覚するほど目立つたたずまいだ。
何人か待っている人はいるけれど、そんなに待ち時間は長くはないかもしれない。
美里は今言わなければならないことを、やっと言う勇気が湧いてくるのを感じた。
「ごめんなさいね。急に泣き出したりしたから驚いたでしょう?」
「いやぁ、うん、ちょっと驚いたかな。でも大丈夫?どう考えても僕に責任がありそうだから、もう一度謝るよ。ごめんなさい。もう君を傷つけるようなことは決して言わないと誓います。」
そこまで言うか、というくらいに勘違いして謝っている彼を見て、美里は自分の中に長いこと潜んでいた、男の人の心を猜疑する気持ちが薄れてきているのを感じ取っていた。
-彼にたいしては大丈夫かも…。
そう思ったら、急にお腹が空いてきてしまった。空腹といってもいいくらいだ。今日の私は壊れたロボットみたいね、と思いながら彼に話しかけた。
「ここのパンケ―キは凄く美味しいんだけど、もの凄いボリュ‐ムがあることでも有名らしいの。試してみない? もしかしたら悠介さんでも食べきれないかも。」
「僕はね、痩せの大食いだからどんな量のものが出てきてもへっちゃらだよ。君がもし食べきれなかったら、僕が食べてあげるからね。」
「お気の毒さま。私も食べることについては自信があるのよ。勿論、男の人の様には食べられないかもしれないけど、真理とはどっこいどっこいよ。知ってるでしょ、真理が良く食べること?」
悠介が食べたいと言ったのは、パンケ―キの上にイチゴやらアイスやらいろんなものがトッピングしてある巨大なパンケ―キだった。
一方美里はというと、焼きマシュマロのパンケ―キにした。
メニュ-の写真を見ると、パンケ―キの上に四角い《座布団》のような巨大(!)な焼いたマシュマロが乗っており、そこにバニラとシロップの甘さが絡まった極上の一品らしい。
注文してからくるまでに20-30分かかったようだけど、今の二人にはあっという間の時間に思えた。
注文したパンケ―キが運ばれてきたときは、思わず生唾を飲んでしまったほどだ。
-恥ずかしい…。でも美味しそうだわ。
美里は、フォークとナイフを器用に使って最初の一口を口に運んだ。
しっとりとしたパンケ―キの生地に、バニラとシロップの甘さが程よく浸み込んで絶妙な味わいを醸し出している。
思わずウ~ンと呟いて悠介を見たら、彼も両眼を大きく見開いて、ウンウンと頷いている。
-良かった。やっぱり彼とここに来てよかったわ。
《つづく》
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