-アーア、困ったわ。
また美里はため息をついてスマホの画面を見つめた。
ここ数日、美波は同じことを繰り返していた。
もし悠介さんと付き合うようになったら、いつかあの父親に対する憎しみを悠介に対しても抱くようになってしまうのではないか?
美里は父親が家を出ていった日のことを思い出していた。中学2年になったばかりの春の夜だった。桜は咲いていたが、花冷えのする一日で、出ていく彼は美里に声を掛けることも無く黙って出て行った。もう相手の女のことしか頭になかったのだろう。
美里が高校に入学してから、母はぽつりぽつりと独り言のように美里に話すようになった。お父さんに女ができたのはいつからだとか、帰宅が遅くなることが頻繁にあったとか、外泊もよくあったという。美里には単なる出張だといって隠していたらしい。
父は家を出て暫くすると離婚の書類を送ってきたという。でも母は承諾しなかった。しびれを切らした父は、娘の養育費の支払いとある程度の慰謝料を払うから離婚してくれ、と泣きついてきたらしい。破廉恥で浅ましく醜い話だと思った。この日から父を憎んだと思う。そして他の男に対しても、一層警戒心が強くなった。
男と言うのは、結婚して子供ができて中年になり地位を得ると、不倫をして妻子を捨てる、そういう生き物だというように思い始めたのはいつからだろうか? 勿論、全ての男がそうだというのではないだろうが、だったらどうやって見分けたらいいのだろうか?
-そんなの私にわかる訳がないじゃないの!
馬鹿らしいことだが、もし悠介に事情を話すことが出来たなら、彼に問いただしてみたい。あなたはどっちの側にいる男なの、と。
でも、そんな事出来る訳ないじゃないの、と自分で自分をたしなめるしか美里には思いつかなかった。こんな面倒な女の子と付き合おうなんて、誰も思わないに違いない。悠介もきっとそう思うに決まっている。
-本当にそうだろうか。
悠介の人のよさそうな、でもちょっと気の弱そうな顔を思い出しながら、男の人は誠実で優しい人が一番だよ、と母が口癖のように言っていたのを思い出し、自分を励ました。
ふ―、と大きく息を吐いてから、スマホに書いたメッセ-ジを確かめて送信ボタンを押した。
-私はもう迷わないわ。ううん、迷うこともあるかもしれないけれど、絶対後戻りだけはしないわ。
《つづく》
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