美波は微動だにしないで僕の目をじっと見つめている。まるで僕の告白が真実かどうかを見極めようとするかのように。緊張しているせいか、顔が蒼白に変わり強張って見える。
彼女は一つ深呼吸をすると、ゆっくりと話し出した。
「驚いちゃった、急にあんなこと言うんだから、本当に驚いちゃったわ。悠介クンがそんな風に私のこと思っていてくれているなんて…」
と戸惑いながらも、笑顔が彼女の顔に戻って来たようだ。それは、はにかんでいるような、戸惑っているような複雑な笑顔にみえた。
「そういう風に思ってくれて嬉しいんだけど… でも何て返事をしたらいいか…」
どうしたらいいの、と訴えるような目を向けてくる。
もうここから悠介がいくら頑張ったとしても、はっきりした返事は期待できないだろう。ならばこちらからいったほうがいいかもしれない。
何も緊張していないのが不思議だった。本当に今ここで、告白をしていることが信じられ無くなっていた。雄介は考えてきたことを続けて言った。
「僕は今、美波ちゃんの返事を聞きたいわけじゃあない。僕が美波ちゃんに聞いてもらいたいのは、僕が好きだと言ったことは僕の心からの思いだ、という事なんだ。だから美波ちゃんに俺の気持ちを分かってもらえれば、他に何もいらないよ。」
悠介のその言葉が意外だったのだろうか、驚いたように両目を大きく見開きながら
「ねえ、訊いてもいい?」
「いいよ、勿論」
「悠介クンは、私のどこが好きなの?」
実は、悠介も告白する以前に同じことを考えていたのだが…。本当のことを言うしかないだろうなぁ。でも…。
好奇心に満ち溢れたような、でも真実を話すかどうかを見極めようとする彼女の両目をしっかり見つめながら、
「うーん、全てって言ったら噓っぽいかな? でも、きっと全部だと思う。そうとしか答えられないなぁ」
「でも、悠介クンは私のことどれ位知っているの? だって1年に一回しか会うことないし…、それでも私のことが好きなの? どうして?」
洪水のような、まるで責めるような口調での質問責めである。
彼女から視線を逸らさないようにした。
「美波のことは小学生の頃から好きだった。あの時から」
最後のフレ-ズを聞いた時、彼女はびくっとし、
「あの時って? まさか…。」
無言で頷くと
え-っ恥ずかしい、と言いながら両手を顔に当てて笑い出した。
「やっぱり覚えていたんだ!」
「忘れるもんか。忘れようとしても忘れられなかった。あれを言われてから意識しないようにと思っても、どうしても意識しちゃって。それで、やっぱり俺は美波が好きなんだ、って思ったのは高3の時かな」
「ふ~ん、そうなんだ」
その答えで納得したのかどうか、彼女は視線を落としてテーブルの上のコーヒ-カップに右手を添えた。2人ともカプチ-ノを注文していた。
再び視線を上げた彼女は、一大決心をしたような緊張した面持ちで悠介を見つめた。
「そう言ってもらって嬉しいんだけど、なんて答えたらいいのか分からないわ。私にはまだまだ先のことの様に思えるし…。ただ、悠介クンに誘われてから私よく考えてみたの。悠介クンのことどう思っているんだろうって。」
本当はそこからが聞きたいことなのだが、正直この時は、そこから先へは進みたくなかった。ここからは地獄になる…予感がしたからだ。でも止めることは出来なかった。
唇が渇いたのだろうか、舌をくるっと回して上下の唇を湿らせてから、
「うーん、正直に言うよ。悠介クンのことは好きなんだけど、どう好きなのかよく分からないの。お兄さんの様でもあるし、違うようでもあるし。」
悠介ただ黙って彼女の次の言葉を待つ。
「正直言って、悠介クンとお付き合いするのって何か、上手く言えないけれどピント来ないというか…。今はそれしか言えないわ。ごめんなさい。」
そこで言葉を切って、すがるような訴えるような目で僕を見つめている。
この子はこんなに僕の目を見つめたことなんてあっただろうか? この子はこんなにも自分の気持ちをハッキリと伝えられる子だっただろうか?
-そうか、そういう事なのだ。
悠介と美波はどちらも相手のことを好きだ、と言っているのに、意味が違うのだ、全然違うのだ!
正直言って、このような展開になることは、いや実は当初からあり得ると予想していたから、そこから先へは行きたくなかったのだが…。でもそこに入ってしまたのだから後戻りは出来なくなってしまった。一番なって欲しくない最悪の展開、結果に。
「私も好きよ。」
という最高の返事、いやそこまではいかなくても、もうちょっとポジティブな展開になる予感があったのに…。
-要するに、俺は兄さんのような存在かよ。
それって所謂、
「ごめんなさい。あなたのことは大切なお友達よ。これからも良い友達としてお付き合いしたいの。」
という事だろう? お友達=>従兄妹同士 に換えただけじゃあないか。
そう叫びたいのをぎりぎりで堪えて、何とか声を絞り出した。
「いや、さっきも言ったけど、今ここで美波ちゃんの気持ちを聞こうなんて思っていないよ。急にあんなこと言われたらびっくりして当たり前だからね。もうこの話は止めることにしよう。」
こうするより他にどうしようもなかった。
この時思ったのは、もう2度とこの話は出来ないなぁ、という諦めでしかなかった。いや、下手をするともう美波には会えなくなってしまうかもしれない。
-でも、俺だって覚悟を決めて今日誘って告白したんだ。後悔なんかするもんか!
それから僕らはどのくらいそこにいただろうか?
30分位居たようにも、10分位で店を出たようにも思える。その後は彼女を家のすぐ前まで送っていったのだが、何を話したのか、彼女がどんな顔をしていたのか全く覚えていなかった。怖くて彼女と目を合わせられなかった。
悠介にとっては、告白以外のことはもうどうでもいい、些細なことだったのだ。
よく考えてみたら、好きな子の目の前で告白したのはこれが初めてだという事に、この時初めて気が付いた。ラブレタ‐は出したことがあったが。
-最初の告白が従妹で、それも見事に振られるなんて…。
やれやれ、本当に俺は好きな子には縁が無いんだなぁ。
と、自分で情けない自分を慰めるしかなかった。家に帰る足取りは、信じられ無いほど重く、たどり着けないのではないかと思えるほど、長い長い道のりに感じられた。
〈つづく〉
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